児童養護施設 若草寮

若草寮について

ABOUT US

施設長からのご挨拶

MESSAGE

施設で生活することは特別なことかもしれない。しかし、色々な家族、さまざまな養育の形がこの社会にはあります。

児童養護施設は「暗い、貧しい、可哀そう」といったマイナスなイメージを持たれがちですが、実習生など施設と関わりを持った方からは、「イメージと違った」という声がよく聞かれます。こうしたイメージや誤解は、施設で生活している子どもたちやその保護者の生きづらさに繋がる問題なので、このホームページも活用し、少しずつでも施設の様子などをお伝えできればいいなと思っています。逆に「若草で育ててもらったなら大丈夫だね!」と周りから言ってもらえるような施設を目指していきたいです。

子育てがうまくいかない時に誰もが安心して声を上げられる社会があり、色々な家族の形があることをより多くの人々から理解してもらうことで、一つでも多くの家族がゆとりを持って生活できるようになることを願います。

児童養護施設 若草寮 施設長 加藤 雄輔

児童養護施設 若草寮 施設長加藤 雄輔

施設概要

EQUIPMENT OUTLINE

名称
児童養護施設 若草寮
経営主体
社会福祉法人 わかくさ会
創設者
山田 わか
理事長
西澤 猛
施設長
加藤 雄輔
所在地
〒151-0072 東京都渋谷区幡ヶ谷三丁目4番9号
TEL
03-3377-6445
FAX
03-3373-8518
定員
30名
職員構成
施設長:1名
主任(家庭支援専門相談員):1名
児童支援員:22名
家庭支援専門相談員:1名
個別対応職員:1名
心理療法担当職員:2名(うち非常勤1名)
治療指導担当職員:1名
自立支援コーディネーター:1名
里親支援専門相談員:1名
事務:2名
総務:1名
栄養士:1名
調理員:2名
(以上、計37名)
非常勤嘱託医:2名(小児科医1名、精神科医1名)

沿革

HISTORY

昭和10年7月
山田わかが母性保護運動推進の為、財団法人「母を護るの会」を創立する。
昭和13年7月
東京都水道局より用地を借入、母子寮・保育園の建設に着手。
昭和14年4月
木造2階建ての母子寮・保育園を建設、社会事業の実践を始める。
母子20世帯、併設の保育園は80名定員で事業開始する。
昭和20年5月
戦災による施設消失の為、事業を休止する。
昭和21年7月
緊急生活援護補助金の交付を受け、施設を再建する。
昭和22年4月
東京都の要請により、施設機能を転換。都条例に基づく婦人更生施設「幡ヶ谷女子学園」の事業開始。
昭和27年5月
法人名を「社会福祉法人 婦人福祉会」とする。
昭和32年6月
売春防止法施行により、若年女子の転落未然防止活動として女子の保護更生事業へと事業を進める。
昭和37年4月
施設の老朽度が激しくなり、取り壊し及び建設をする。木造モルタル2階建、定員45名。
日赤産院の協力により妊産婦を扱い、いわゆる「未婚の母」の問題に取り組む。
昭和37年10月
旧施設の一部を改造し、軽費女子寮「若草寮」を開設する。定員20名。福祉事務所等に入所を依頼、事業を開始する。
昭和45年3月
昭和42年に事業用地の約半分を東京都に返還した為、軽費若草寮の一部を取り壊し、定員減をするが、
規模を縮小したことにより施設が機能しなくなり、軽費若草寮の事業を廃止する。
昭和49年3月
婦人保護施設「幡ヶ谷女子学園」の事業を廃止する。
昭和49年4月
都の要請により児童福祉施設に転換する。主に高校生を処遇する養護施設「若草寮」として事業開始とする。
昭和49年6月
事業変更に伴い、法人名を「社会福祉法人 わかくさ会」に変更する。
昭和50年4月
高校生寮として環境を整備し、設備の充実を図る為、増築を行う。女子寮生の居室を整備する。
昭和54年4月
職員厚生施設として、職員宿舎を整備する。一部居室を卒寮生の為のアフターケア施設として利用する。
昭和55年4月
職員宿舎の一部を改造、絵画部専用のアトリエと和室を造り、生花や琴の稽古場として情操教育の充実を図る。
昭和61年4月
施設老朽化の為、全面増改築をする。鉄筋3階建の高齢児専門施設としての機能の充実を図る。
東京都共同募金会の援助により、施設の一部に多目的ホールを開設。地域に開かれた施設として運営を始める。
平成2年4月
高齢児「高校生専門施設」としての役割を終了する。若草寮は一般養護施設として学齢児童の養護を始める。
平成18年
小舎制に転換するための増築及び改築工事を行う。
平成19年4月
児童の居住空間を4グループに分け、1グループあたり児童7~8名の小舎制を開始する。
平成28年5月
グループホーム「オリーブ」開設。1グループあたり児童6名とする。

情報公開

INFORMATION DISCLOSURE